天空の森ココが違う!

出来事
1992年
(平成4年)
一通りの完成をみた「忘れの里 雅叙苑」を女将の田島悦子さんに任せ、田島健夫社長は「次やるのは誰にもマネされないことをやってみよう」と決意。
町有地だった土地を購入(3万坪)〜「天空の森」の第一歩。
土地といっても、平坦な場所はほとんどなく、山そのものだった。
その山は、椎茸の原木を育てていた土地柄、クヌギ、ナラなどの木が多かった。
昔、馬を放牧していた牧場の跡地や、村の運動場もあった。
しかし、山の大部分に竹やぶが広がり、もちろん道もなく、ジャングルといった形容が一番似合っていた。
したがって、周囲の目は冷ややか。
大資本の大手デベロッパーの如く、山林をゼロの状態から切り開いてホテルを建てるのとはわけが違う。
小さな温泉旅館が、少ない資金ながら整地していって、多くの客室をもつホテルを建てるのではなく、数棟のヴィラを造るだけというのは、どう考えても採算が合うとは思えなかったからだ。
1993年
(平成5年)
田島社長は山に入り、まずは「竹切り」が始まった。
当時は、孟宗竹、川竹、こさん竹など、生命力と繁殖力が強い竹が、山全体を覆っていた。
田島社長も、自らチェーンソーを持ち、竹を切り、木を伐採していった。
「竹を全部切って、木を残して森を創る」・・・という壮大な計画が始まった。
もちろん、その竹は「雅叙苑」の器になり、木は「天空の森」のヴィラの建築資材となった。
「雅叙苑」の女将さんはじめ、同旅館のスタッフも総出で作業にあたった。
1997年
(平成9年)

現在の「花散る里」の場所に、テーブルとイスを設置し、日帰りの「野遊びプラン」の原型が始まった。
当時は「雅叙苑」で連泊されるお客に、おにぎり弁当を持たせて登山しながら、山を案内していたという。


1998年
(平成10年)
敷地内に、良質な温泉の掘削(地下60m)に成功した。
敷地内を移動するカートを導入した。
1999年
(平成11年)

開拓から6年経っても、竹切りと山の手入れ、草刈り、木の伐採など、ひたすらインフラ整備が主な仕事だった。
しかし、すでに畑も作られており、ゲストには農業体験もできたという。
そんな中、雑誌などの取材も入ってきて、徐々にマスコミが注目し始めた。
その取材を機に、「野遊び」という日帰りプランが本格的に始まった。
「雅叙苑」の厨房にお弁当を作ってもらい、飲物付きで当時お一人様3000円だった。



2000年
(平成12年)
飛島建設に協力してもらい、主要道路と調整池の建設などを行った。
その後、スタッフだけで、電気、水道、温泉などの地下埋設工事を行った。
そして、「東京から自転車で、忌野清志郎さんがやって来る」ということで、急遽、「花散る里」に露天風呂を造ることになる。
1週間かけて来られるというので、1週間で完成させた。
東京−鹿児島間の自転車旅行のゴールが「花散る里」の露天風呂ということで、清志郎さんはウェア姿でお風呂に飛び込んだ。
これは地元の新聞社が取材に来て、翌日の新聞に載った。
2001年
(平成13年)
TBSの「日本温泉旅館大賞」で、「忘れの里 雅叙苑」が全国1位に選ばれたが、その時に紹介された「天空の森」の「野遊び」が、「雅叙苑」のオプショナルツアーとして話題となった。
山の頂上で、霧島連山を眺めながらの温泉浴というシチュエーション・・・という、現在のスタイルを確立したのもこの頃。
その後、「天空の森」にも厨房ができ、バスケットを使ったピクニックスタイルのランチが誕生した。
2003年
(平成15年)
この頃「天空の森」の「野遊び(日帰り)」ヴィラは、「花散る里」、「茜さす丘」、「奥茜」(現在の宿泊用ヴィラ「霖雨の森」)、そして「天空」の4棟構成となった。
「野遊びプラン」の料金も、3,000円から始まり、5,000円、8,000円(以降、露天風呂付き)、12,000円、15,000円、20,000円、25,000円、30,000円・・・と、徐々にインフラ整備をしながら、値上げしていった。

出来事
2004年
(平成16年)

茜さす丘」に、「天空の森」で初めてとなるベッドルーム棟が完成し、ようやく宿泊客を迎え入れる体制が整った。露天風呂も1.5倍の大きさに改装した。


そして「天空」にも、ベッドルーム棟を置き、こちらも宿泊用ヴィラとしてリニューアルした。

2005年
(平成17年)
11月には、“大宇宙の無人島”と銘打って、日帰り用の「つばめの巣」ヴィラが完成した。

2006年
(平成18年)
「奥茜」にベッドルーム棟を増設し、宿泊用ヴィラ「霖雨の森」としてリニューアルさせた。
2006年の「新日本様式100選」の受賞〜世界に向けてオリジナリティと競争力のある「日本ブランド」を表彰したもの。
その受賞社は、トヨタのハイブリッドカー「プリウス」、TOTOの「ウォシュレット」、日清食品の「カップヌードル」など、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。
その中で、旅館ホテルの分野で唯一選ばれたのが「天空の森」だった。
2008年
(平成20年)

田島社長のゲストハウスとして「碧海(みどり)の浮舟」を完成させた。

 

2008年
(平成20年)

5月に忌野清志郎さんが亡くなると、田島社長と清志郎さんの約束であった「ブーアの森」の建設に着手する。


清志郎さんをイメージした森と水辺の風景と、ツリーハウスを計画している。
経済産業省が発表した「第6回 ハイ・サービス日本300選」にも選ばれた。
鹿児島県では初で、サービスの高付加価値化の分野での受賞との事。

最初は、3万坪で始まったプロジェクトも、少しずつ近隣の山林を買い取り、2009年の時点では、約18万坪、東京ドーム13個分まで広がった。

出来事
2012年
(平成24年)
11月より新ホームページ開設。
連泊プランも発売開始。
2013年
(平成25年)
10月から、JR九州が発売する、日本だけでなくアジアの富裕層を狙った、3泊4日で豪華列車で移動するツアーの宿泊地に「天空の森」が組み込まれる。